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2016年2月の120件の記事

2016年2月29日 (月)

小さい頃、雪だるまが溶けると僕は泣いていた

そういう感情を大人になっても忘れたくないと思っていた
それを忘れたわけではないが僕は歪んでしまった
雪だるま爆発しろ
 

雪だるまが爆発した

嬉しい
 

殺したい

誰でもいいから殺したい
他の事に興味が持てない
 

どーん!

ばーん!
 

2016年2月28日 (日)

イライラの発散手段を考えて

「両親の頭をグチャグチャに叩き割ろう」という選択肢がふと思い浮かんで、それを否定する理由が特に浮かばない
 

逃げ回ることを正当化し、戦ってくれていた人に感謝もできない連中

僕は君達に危害を加える側に回りたくなってきたよ
 

イライラする

どいつもこいつも頭が悪すぎる
 

好きの反対は無関心とか言う人

対義語も理解できないガイジは死ね
 

天井のシミでも数えてろ

君達はこれからも人形のようにただ犯され続けることしか出来ないのだから
 

随分と無様に侵食されてるけど

こんなになってもまだ放置が正しいと思うのかい?
 

自分が関わりたくないからって

何もしないことを正当化して他人に押し付けるのは間違っている
何もしなければやりたい放題されるだけ
 

君が関わりたくないのは勝手だけど

撃退しようとしてくれてる人に「関わるな」って言うのはどっちの味方なの?
 

追い出せ

荒らし対策に放置など愚の骨頂
心を傷つけて追い出せ
 

2016年2月27日 (土)

腕のないボール

目のない扉
 

動かない時計

笑わないメロンパン
 

翼のない鳥

足のないイチゴ
 

2016年2月26日 (金)

ストレスなく楽しめるオンラインゲーム

無いだろうね
 

2016年2月24日 (水)

わしには多くの孫がいる。さて何歳かな?

うるさい
 

冬と春の境目

ほんと苦手で死にそうだし、その上なんかエアコンが動かない
 

2016年2月23日 (火)

何か

何かにのめり込むエネルギーが今は無いと思う反面、
何かにのめり込まないと今はしんどいと思う
 

探したい物がない

何を探すかが見つからない
 

やりたいと思いたいこと

要するにやりたくないんだよそれ
 

何かしたいという気持ちを削ぎたい

その方が合理的
 

やりたいことが不足している

やりたいことが不足している。世界を広げなければならない。面倒くさい。
 

意識高い系っていうけど

IQ高い系ってのもあっていいと思う
 

ダウン症の子をなぜ天使ちゃんと呼ぶか

産んだ親の頭までおかしくなってしまったから
 

十四松を天使松って呼ぶ人達

きもいから死んで
 

十四松はダウン症

ダウン症は天使ちゃん
 

何が書いてあるか、何は書いていないか

勝手に埋めてグチャグチャにしないでくれる?
 

イッパンジーの生態

文字は大雑把に読めるが、「何が書いてあるか、何は書いていないか」を正確に読み取ることは出来ない
 

BUS STATION

なにそれこわい
 

BUS STOP

止まれブス
 

2016年2月22日 (月)

「偉そう」って言われて

「あ、やっぱ分かる?」って返したい
 

「なに食べたい?」

「ある物ー」
 

処女は童貞と同程度に蔑まれて然るべき

ダジャレになってもうた
 

久々にすげーよく寝たーと思ったら

5時間て
 

腐ってる

腐女子というのはBL好きのことだとは思っているんだけど、
そういう要素なく女主人公が男にモテまくる作品を目にして「腐女子向け」だと思ってしまうのは何故だろう
 

バンドやればモテるって考える男子諸君

間違ってないけど10倍くらい回り道だよそれ
 

2016年2月21日 (日)

疲れた

全てがつまらなくなってしまった
 

楽しむ余裕がなければ何も楽しめない

いや、余裕っていうと語弊があるような無いような
 

ミツバチ怖い

意外とこんな時期に危ないらしい
 

疲れた

疲れた
 

人間きらい

きらい
 

雑談こわい

こわい
 

2016年2月20日 (土)

信じる者は好かれる

カモとして
 

信じる者は

巣食われる
 

心臓がふるえる

比喩じゃないよバカ
 

おかえりえ

ありえるり
 

2016年2月19日 (金)

藪から棒

その発想はなかった
 

好きになるということ

中学の後輩で一時期ややしつこくして困らせて怯えさせてしまった女の子に対して、
誠心誠意の謝罪をしたいと心の底から思っているし、その子の腹や背中を思い切り蹴りたいとも思っている
 

ハロウィン

「トリック or デリート!!」と叫んでカボチャをぶん投げて道ゆく人の顔面もろともグシャグシャにしたい
 

お医者さんごっこ

合コン編
 

2016年2月18日 (木)

恋愛っていうのは傷つけ合う覚悟らしいよ

よーし、刺すぞー!
 

赤ちゃんの存在価値

虐待用
 

2016年2月17日 (水)

フライド大根

うける
 

期待などしていない

君達に期待などしていない
あるのは不満と敵意
 

一方的

君達は、僕が文章にしたことさえもろくに理解できないのだから、僕に君達のことを察しろなどと一方的に求めるべきではない
 

2016年2月16日 (火)

ブスbotの名言

ブスサーのブス
 

ブスbotの名言

おはよう!今日もまた一段とブスだね!
 

心臓が震える感じ

昨日から時々感じてる
 
脈が早いのが悪化したと考えるのが自然そうだけど、
脈が早い時に震えるわけでもないのが謎
 

キルミーベイベーっていうでしょ

え、いうんだ
 

違和感

家の中が急に大きく感じたり小さく感じたりする。
何だろう?
 

2016年2月15日 (月)

あの場所に行きたい

童心を取り戻したい
 

プチプチ潰したい

プチプチを潰すのが本当に楽しかったので、全部潰してしまってとても悲しい
 

君達の言う右と左って

何割くらい合ってるの?
 

症状を愚痴るのが好きなだけ

この感覚はどうして理解されないのだろう
 

心臓が震えだした

何これ
早くおさまってよ怖いよ
 

ガイジの社会

君達から見ても、養護学級の障害児は頭が悪すぎて理解不能だし関わりたくないだろう
もしその障害児どもが社会の大多数だったら、君達だってそんな気持ち悪い社会に馴染めないと思う
 
僕から見た君達は、君達から見た養護学級の障害児と多分同じようなものだ
 

とても不思議なこと

あんなに頭の悪い動物達がどうやって社会で働いているんだろう
 

カタカナ

君達がカタカナさえもあまり正確に読めないのは、そもそも物事を正確に理解する気が無いから、で片付けるしかないのだろうか
 

苦しい

僕は君達と接するのが苦しい
 

願い

もっと一人になりたい
知能の低い動物達ともっと距離を置きたい
 

2016年2月14日 (日)

頂き物

チョコも美味しかったけどそれよりプチプチを潰すのが楽しい
 

大安だの仏滅だの言う人

精神病
 

厄年とか気にする人

知的障害者
 

星座占いとか好きな子

知恵遅れ
 

知能の差からくる不和

君達にとって例えば17×5は少し難しいもので、その感覚は共有されて当たり前と感じるようだけど、
17×25を即答できる程度の知能がある人から見たら17×5の難しさはよく分からないと思う。
 
そして、それを簡単と感じていることをちょっと表に出すだけで、君達はすぐにブチ切れてしまう。
君達の知能が低いのが悪いのに、それを刺激しないよう気を使ってもらうのが当たり前だとふんぞり返っている。
 

口とロ

口(漢字の"くち")なのか、ロ(カタカナの"ろ")なのかを文脈で判断すべき場面において、
普通の人はどの程度の割合で正しい理解が出来ているのだろう?
9割くらいは分かっているのだろうか?
 
君達にとって何がどれだけ難しいのかは、君達並に頭が悪くないとなかなか見当が付かないものだ。
 

赤ちゃんになりたい

助けてもらえるまで泣き続けたい
 

助けが無い

息が苦しいよ誰か助けてよ
 

脈の早くない身体が恋しい

遠い昔
 

少女が泣いている

僕の心の奥底で少女が泣いている
 

頭がふらふらする

「大丈夫?」と心配して同世代の誰かが差し伸べてくれる手に無性に憧れる
 

鼻が腫れたような感じ

どうして
 

唾液が不味い

不味い
 

2016年2月13日 (土)

ミイラ取りがミイラになるっていうけど

なんでそんな言葉チョイスしたの
 

2016年2月 9日 (火)

相容れない

周囲の人間の頭の悪さを痛感するたびに生きるのが本当に嫌になる
 

2016年2月 7日 (日)

気が向かない

やってみたら楽しいこと、触れてみたら楽しいものは世の中に沢山転がっていて、
僕はそのほとんどを、「気が向かない」と突っぱねている。
人生損してると感じるが、変えられそうにない。
 

記憶力が低い人

忘れてしまうのはまあ仕方ないけど、
記憶が曖昧なことを自覚せずにデタラメ言うのはホントやめてほしい
よく覚えてないならそう言えばいいじゃないか
 

2016年2月 4日 (木)

「憎かった」って台詞の時に「肉買った」って字幕入れる人

好き
 

2016年2月 3日 (水)

殺す意義

容疑者として取り調べを受け、被告として裁判を受けることは、どう考えても楽しいことではない。
不快な環境に延々と身を置かされ、相当に疲弊することが容易に想像できる。
 
そうまでして人を殺す意義とは何だろう。
自分が社会から排除された代償に誰かの命を頂いたとして、それは僕にとってただの生ゴミでしかないのに。
 
それでも誰かを殺したいと、僕は若干思っている。
気分次第では実行してしまう可能性がゼロではないという程度には。
 

脳内裁判

裁判や取り調べのやり取りを想像し、自分がそこで発する言葉を考えて独り言を呟くだけで、想像以上に疲れきってしまった。
 

脳内裁判

「遺族は刑事事件の当事者ではないと認識しています。
この場において特に尊重する気はありません」
 

2016年2月 2日 (火)

疲れた

 

メンヘラビッチの顔面のど真ん中をスパイクで踏み潰したい

ぐしゃあ
 

メンヘラビッチって楽しそう

ちょー楽しそう
 

リストカッター

手首を切ることを念頭に開発して売ればいいと思うよ
 

女の子になりたい

女の子になりたい
そして醜いデブやブサイクに強姦されて長時間延々と乱暴に嬲られ続けて心身共にズタボロにされてベッドの上で裸のまま天井をぼんやりと見つめて放心したい
 

脳内裁判

「僕は自分が取り返しのつかない酷いことをしたと分かっています。
理不尽で身勝手なことをしたと理解しています。
二度とこんなことをしないと断言できます。
あんなことしなければ良かったと後悔しています。
裁きを受ける覚悟があります。
一切の混じり気なく純然とそう思っています。
これを反省と認めるかどうかは皆さんが決めることです。
これを反省と認めない道理が僕には分かりませんが、きっと皆さんは僕が一切反省していないと感じていると思います。
何故なら僕は、皆さんのことが、心の底から、本当に、大っ嫌いだからです。
永遠に、絶対に、分かり合えない存在だからです」
 

折り合いどころ

この社会は僕を排除した。
僕はその代償として、この社会から1人の人間の命を奪う。
それが現実的な折り合いどころだと思う。
 

「最近あの人が冷たいの」

レンジでチンして
 

感慨深い

「昔住んでいた場所が廃墟になっているのを見に行きたい」という気持ちは、
「好きだった人の子供を殺した時に好きだった人が悲しむ顔を見たい」という気持ちと似ていると感じる。
 

好きだった人の子供を殺したい

好きだった人の子供を殺したい。
機会を作れるのであれば、殺す相手としてベストに近いと僕は感じる。
子供だから殺しやすいし、好きな人自身ではないので好きな人を殺す抵抗も感じない。
殺した子供の死を悲しむ親が自分の好きだった人とあれば、その悲しむ姿を見るのはさぞ感慨深いだろう。
 
ただし、恋愛感情のもつれだとしか思われないだろう。
僕が誰かを殺したいと思う理由とはかけ離れてしまうのが口惜しい。
 
まあ僕の場合はその機会をあまり作りやすくない状況なので、殺す相手には多分選ばないと思う。
 

親殺し

誰を殺すかの候補に、両親は特別枠のように常に入るものだと思う。
 
自分がこの世界で生まれ育つ中で抱えてきた殺意を誰に受け止めて欲しいかと考えれば、
それはやはり両親なのだろう。
そのことを考える時、僕は大量の涙を流す。
 

好きな人を殺すか否か

好きな人を殺すという行為を、僕はある程度は理解する。
殺しを実行するということは、その相手にわざわざ関わり、己の記憶に刻みつける側面がある。
わざわざ関わって記憶に刻みたい相手は誰かと考えれば、好きな人を選ぶことになるだろう。
 
だが、好きな人を殺すという行為に僕は共感しない。
ある程度の理解はできても、共感はできないのだ。
その理由として確たるものを僕は持ち合わせていない。
例えば今、「僕は血も死体も嫌いであり、好きな人をわざわざ嫌いな物へと変化させようとは思わないから」と、それらしい理由をひねり出すことは出来る。
自分自身もそれに対して一定の納得はするのだが、その考えは自分の中で不動のものではなく、浮かんでもすぐ消えるレベルである。
 
だから僕は、もしかしたら好きな人を殺すかもしれない。
その可能性は高くはないが、存在はしているのだと思う。
 

殺す相手の選び方

「なんでうちの子が殺されなきゃいけないんだ」
「うちの子が何をしたっていうんだ」
こういった言葉は、裏を返せば"殺すのなら恨みのある奴を殺せ"という考えなのだと思う。
僕はその考えに同意できない。
 
恨みのある奴を殺せばいい人は、他の大多数とはうまくいっている人なのだ。少なくとも僕と比べれば遥かに。
そんな人は事件など起こさなければいい。恨みのある奴と関わらずに、他の大多数と過ごせば良い。
 
殺人なんて実行する人は、まあ勿論色んな人がいるとは思うが、もっと大多数とうまくいってない方が自然じゃないだろうか。
物心ついた頃から周囲とうまくいかず、いがみあい、憎しみあってきた。
だから根本的に他人のことが嫌いで、人を殺してやりたいという気持ちがある。
そして、周囲の人間の大多数の中から、都合や望みに合う相手を選んで殺す。
 
殺しを実行するというのは、変な言い方をすれば、自ら誰かと関わってその人を己の記憶に刻むといった側面が存在する。
その相手を自由に選ぶ時に、果たしてわざわざ嫌いな相手を選ぶだろうか?
少なくとも僕は、嫌いな相手とはわざわざ関わりたくないし、記憶に刻みたくもない。
 
僕なら、そこいらで見かけた子供の中からお気に入り度60点ちょっとの相手を選ぶだろうか。
まあその辺りは気分や状況次第か。
記憶に刻み込まれても不快じゃない相手、という条件はかなり優先すると思う。
 

おめでたいお花畑

人間社会は基本的に、殺意を持った相手となんて遭遇しないだろうという前提で成り立っている。
だから弱者が群れもせず無防備に外をほっつき歩く。
しかし殺意を持った相手は存在するので、無防備な弱者は時折殺される。
 
よく「どうしてあの子が殺されなきゃいけなかったんだ」なんて言葉を耳にするが、
簡単に殺される状態で過ごしているから殺されることがある、それだけだ。
どうしてもクソもない。
 

2016年2月 1日 (月)

イッパンジーの捨て方

細かく刻んで燃えるゴミ
 

イッパンジーの腹をナイフで刺し続けると死ぬ

イッパンジーの腹をナイフで刺し続けると死ぬ
 

イッパンジーの顔面をナイフで刺し続けると死ぬ

イッパンジーの顔面をナイフで刺し続けると死ぬ
 

イッパンジーの心臓をナイフで刺し続けると死ぬ

イッパンジーの心臓をナイフで刺し続けると死ぬ
 

外に出なければいけない

この家に彼らは来ない。この部屋に彼らは居ない。
それだけで僕は基本的に幸せなのだ。
だから僕は外に出て事件を起こしたりしない。
そして彼らはのさばる。それは良くない。
 

不仲への慣れ

僕は決して我慢強いタイプではない。
しかし、物凄く我慢強いと評されることが時々ある。
そう受け取られる理由に、他人との不仲に対して圧倒的に慣れていることがある。
他人と険悪な状態は僕にとってただの日常なのだから、僕が何とも思っていなくて驚かれるような場面がちらほらあるのだ。
 
この慣れは良くないことだとは思う。
だが、僕がこの世で生き続けるために必要なことだった。
 

攻撃力700・防御力0

小学1年か2年の下校中、ドラクエの影響で、人の攻撃力や防御力の話をしていたことがあった。
自分のステータスはいくつだと思うかという話になって、その話相手は確か攻撃力30で防御力40とか、大体そのくらいの数値を挙げていた。
僕は自分が攻撃力700で防御力0だと言った。
攻撃力高すぎるだろと軽く突っ込まれてその話は終わった。
 
攻撃力700と言ったのは、人を憎んで傷つけたい気持ちが、誰よりも遥かに強いと思ったからだ。
そこに子供特有の根拠のない自信や、大きな数字を言いたがる現象が加わり、その値になった。
まあ勿論その時の心情をはっきりとは覚えていないが、およそそんな感じだったことを漠然と記憶している。
 
そして、防御力0というのは、自分が誰よりも傷つけられていると日頃から思っていたからだ。
今思えば、被ダメージの総量が多かったとしても防御力が低いとは限らないわけで、単に槍玉に挙げられ続けていたことが明らかに主因なのだが、当時7歳くらいの僕はその辺りの区別が明確ではなくて、自分が深く傷つけられていることに対して自身の防御力の低さを感じていた。
その頃の僕はよく、「心のダメージが見えるようになって欲しい。そしたら僕がどれだけ傷ついてるか分かってもらえるのに」というようなことを言っていた。
 
当時7歳くらいの僕は、既にそんなことを考えていた。
社会と自分との大きな不和を既にハッキリと自覚していて、それを念頭に異常な値を挙げた。
そのことが、月日が経ってからも忘れられずにいる。
 

人形のようにただ犯され続けていた

天井にあったシミの数だけを覚えている
 

憎しみ

君達は、僕をただ排除すればいいと考えている。
だが、僕だって人間だ。心があり、感情があり、痛みがあり、悲しみがあり、怒りがあり、憎しみがある。
 
だから君達は、それ相応に傷つけられる必要がある。
 

殺意

彼らは物事を正しく理解する気などないし、正しいことを言おうともしていない。
ただ気持ち良ければそれでいい動物なのだ。 
僕はそれに全く共感できない。だから僕と彼らは永遠に共存できない。
 
彼らから見て僕は、不器用で愚直な馬鹿正直であり、面倒で理解不能で目障りな理屈屋であり、取り合う価値など無くただ排除すれば良いだけの存在なのだろう。
 
やがて僕は彼らと関わらない道を選んだ。
それは僕の人生のために正しい選択だった。
 
だが、黙って排除されてただ死を待つ行為は、生き物として間違いである。
僕は抵抗すべきだ。彼らと殺し合いをすべきだ。
僕は、自分を排除した社会に対して、その代償を負わせるべきだ。
 

反抗期という言葉

中学生前後の頃、反抗期という言葉が非常に嫌いだった。
自分の抱いた不満や怒りを、反抗期のせいにして片付けられることが許せなかった。
原因は子供だからだ、いずれ治る発作だと扱われ、自分の悲痛な叫びがあしらわれることが堪え難かった。
人の感情を反抗期で片付ける連中を全員殺したかった。
 
自分が目の前の事象に対して抱く不満や怒りには、ちゃんと経緯があった。
これは断じて年齢のせいなどでは無い、僕の確かな考えであり強固な意志である、そう確信していた。
その確信は覆されることなく、そのまま大人になった。
 
僕に反抗期など無かった。
もっと幼少の頃から根本的に、常々周囲と衝突し、対立してきた。
年齢による一過性のものであるはずがなかった。
 
しかし、自分には関係ない言葉だと割り切ることも結局できなかった。
僕は今でも、人の感情を反抗期で片付ける連中を全員殺したいと思っている。
 

二次元に行きたくない

誰の手にも描かれたくない
 

とろけるチーズ

酸性
 

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